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くちかみ酒とは一体 なんだろう

酒の話には、よく猿酒のことが出てきます。

 

猿酒というのは、猿が本の穴や岩のくぼみに集めておいた本の実などが、雨風のために自然発酵したもので、これが、酒のはじまりだというのです。

 

人間も、食糧を蓄える生活をしてきたのですから、なにも猿酒で発見しなくても、自然発酵した酒の経験は持つたかもしれず、これが、やがて加工技術につながっていったことも考えられます。

 

現在伝わっている伝承の中に、米を噛んで発酵させたという話があります。

この口醸酒は、アフリカやブラジルの原住民の中にも同じような方法が見られますので、あるいはぽんとうだったのかもしれません。

 

それというのも、『古事記』には「須須許里がかみし酒に、我酔いにけり」と応神天皇が歌つたとありますし、『万葉集』には、大伴旅人の歌で。君がため醸みし待酒安の野にひとりや飲まん友無しにして”というのがあり、これが口醸酒の証拠によく引用されたりしています。

口醸酒は、かなり後まで残っていたらしく、一七五七年に琉球(のちの沖縄県)に渡った清朝の使節が、尚王の宮廷で出された酒の味に驚き、つくり方を聞いたと’」ろ、それは若い女の子が口でかんでつくったと聞かされ、二度と飲まなかった、という話も残っています。

 

酒づくりは、中国や朝鮮からの帰化人が、より高度な酒造法をもたらしたことで、しだいに現代の酒づくりに近くなっていきました。時代が下って『延喜式』には、酒をつくる場合「酒殿一宇、白殿一宇、麹室一宇」を用意すると書かれていますが、それは、四人の女が一石の米を臼殿で精米し、酒殿には酒を醸すカメを並べ、麹室では麹をつくるというものです。

 

これでみると、現在の酒づくりと、ほとんど変わりはないようです。

 

また「延喜式」には、このようにしてつくる酒のほかに、濃い酒、甘い酒、頓酒、汁糟など、一〇種以上の酒のつくり方が書かれてあり、多彩な技術が発展していたことをうかがわせます。